2013年11月11日

岡本新吾選手の引退シリーズを追いかけて(そのB・最終回)

地元・和歌山の「競輪博士」こと岡本新吾選手が、11月8日(金)の和歌山競輪・第4Rで35年間の現役生活に別れを告げました。3回に分けてご紹介している岡本選手の引退シリーズの様子。今回が最終回です。

ラストレースを3着で終えた岡本選手。敢闘門に引き揚げると、42期同期や地元和歌山の選手、同じシリーズに参加した他地区の選手などから万雷の拍手を受けました。そして、再び敢闘門・中央通路を通って、ファンの前に姿を現しました。引退セレモニーの始まりです。

引退セレモニーに登場の岡本選手

引退セレモニーに登場の岡本選手


インタビューの冒頭で、こらえきれずに岡本選手の目から涙があふれてきました。言葉が出てきません。場内のファンから「岡本、最後なんやからしっかりガンバレ〜!」という声もかかりました。

涙をこらえながらインタビューを受ける岡本選手

涙をこらえながらインタビューを受ける岡本選手

「ファンの皆さんには感謝の言葉しかないです。こんなオッサンのために、近畿の選手がお膳立てしてくれました。43歳5ヶ月で小野俊之君と同着優勝した別府記念の決勝戦は、今でも夢に出て来るぐらい最高のレースでした。」とインタビューに答えた岡本選手。「35年間走ってこられて感無量です。ありがとうございました」と惜別のメッセージを締めくくると、スタンドのファンから大きな拍手が湧き起こりました。


続いて県公営競技事務所・松下博行所長から記念品が贈られました。

松下所長から記念品の贈呈

松下所長から記念品の贈呈


そして師匠の山本博章・和歌山競輪選手OB厚生事業団会長から花束が贈られました。

師匠・山本博章さんからの花束贈呈

師匠・山本博章さんからの花束贈呈


セレモニーの締めくくりは、現役選手として最後のファンサービス。スタンドのファンへ「わかちゃんスポーツタオル」の投げ入れです。岡本選手にねぎらいの言葉をかけようと、あるいはタオルをゲットしようとするファンが、バンク脇アクリル板の前に殺到しました。

現役最後のファンサービスを行う岡本選手

現役最後のファンサービスをする岡本選手


そして、岡本選手が自転車に乗って敢闘門に引き揚げました。ファンから愛された地元選手が、また一人バンクを去って行った瞬間です。

バックヤードに戻った岡本選手には、家族や同期、地元選手などから数限りない花束が贈られました。

数限りない花束を贈られる岡本選手

数限りない花束を贈られる岡本選手


「ボクの一番の練習仲間で、一番のマブダチ」として、大変仲良しの四元隆弘選手は、花束を渡すなり岡本選手の胸に泣きながら飛び込んでいました。

号泣するのは練習仲間で“マブダチ”の四元選手

練習仲間で“マブダチ”の四元選手は号泣


ここからは記念撮影のオンパレードです。まずは42期生一同です。このシリーズ同あっせんで、やはり12月末で引退予定の矢倉伊佐夫選手(京都)や、競輪学校同部屋で仲良しで、解説者としておなじみの井上薫さんも一緒に写真に収まりました。

駆けつけた同期42期生との記念撮影

駆けつけた同期42期生と記念撮影


続いて奥様やお兄様など、ご家族・ご親戚との写真撮影です。

ご家族・ご親戚との記念撮影

ご家族・ご親戚との記念撮影


奥様とのツーショット

奥様とのツーショット写真


お兄様とのツーショット

お兄様(当たり前やけど、そっくり!)とのツーショット写真


地元和歌山の現役選手、選手会職員さんらとの撮影です。

地元和歌山の現役選手らとの記念撮影

地元和歌山の現役選手らとの記念撮影


ひとしきり記念撮影が済んだところで、私とのツーショット写真もお願いしました。

山本とのツーショット

わたくし山本とのツーショット写真


実は、私、この時点で涙が出てきそうになっていました。競輪の取材を本格的に始めた時、緊張でろくに選手に声を掛けられなかった私に、選手の立場からの競輪を優しく教えて下さった姿。落車によるケガに何度も遭いながら「まだまだ辞められんよ」と、そのたびごとに気合いを入れ直していた姿。応援横断幕を出している私に「あの横断幕を見たら、どんな調子の悪い時でも気合い入るゎ」と感謝の言葉をかけてくれた姿。私と岡本選手との思い出が次々と駆けめぐると、本当に涙腺が緩みそうになりました。それをこらえて、笑顔で握手。そして岡本選手から「これから山本さんには、今まで以上に世話になるんやから、よろしくお願いします」との声が。
今後は和歌山競輪場のFT戦を中心とした解説者などで、競輪の魅力をファンに伝える仕事をされる予定です。また新しい姿の「岡本新吾」で皆様のお目にかかれることでしょう。その時は、現役時代と同様の“口を開けば30分は止まらない”マシンガントークで、楽しませてあげて下さいね。あっ、でも、テレビやイベントには時間制限というのがありますから、そこの所はこちらも「よろしくお願いします」ね。


岡本選手 本当にお疲れ様でした。

     これからの岡本選手の人生に幸多かれ!



あっ、岡本選手に言うの忘れた!

「『3着で良いからガンバレ車券』と、『シビアにBアタマ流し車券』で、最後にちょっとだけ儲けさせてもらいました」って…(苦笑)


(この項終わり)
posted by wbs at 18:00| Comment(3) | TrackBack(0) | 記事
この記事へのコメント
前記事でのご返答ありがとうございました。

「競輪博士」、中村さんのブログでは度々、当地でも目にしたことがありましたが…
山本さんの出展とは知りませんでした。ビックリ!

ハガキまだ記入しておりません。すみません。早急に…

今後は、山本さん・岡本さんの場立ち予想が見られるのですね!楽しみです!
すっきり改装後のオレンジバンクにはまだ行けていません。
国体前には行ければなと…
Posted by もとぶ at 2013年11月12日 05:57
岡本さんの思い出は、当地記念、目の前での落者(4番車でした…)。

誘導参加の年、脚見せ周回後、ゴール前の待機所に戻って来られた時、声をかけたら顔を上げてくださったこと。

それにこっち(東に戻っていました)ではもう見られないかもと、2010/09/20取手に行きました。
出走の10R、運良くバンク内観戦でき、バンクを横切って発走台へ向かうところで声援を送ったところ、これまた振り向いていただきました。ワイド総流し車券は外しましたが、名前入りで記念にしています。

今日発見した悲しいこと2つ。
和歌山旅行記・オレンジ戦士の観戦記録をしていたバーチャル和歌山が廃止されていたこと…
取手の敢闘門位置の確認にHPを見に行ったところ、在りし日のゆうこさんの姿が…

今日は順当に長塚だと思います。
以上、ありがとうございました、
Posted by もとぶ at 2013年11月12日 06:20
もとぶさんへ

二度ものコメントありがとうございます。
岡本選手の思い出を綴って頂きましたが、岡本選手との思い出を、私からもう一つ。

2002年11月の和歌山S級シリーズ。この開催は、和歌山での3連単発売開始のシリーズということもあって、実況中継も含めて大々的にラジオでPRを行った思い出深い開催です。そのシリーズに、当時すでに「先行日本一」の称号を受けていた村上義弘選手が出場。番手候補として岡本選手があっせんされていました。

初日特選は、村上選手の先行に直線で追走しきれず4着。準決は、イン競り(誰だったかは忘れました。結果表を見ても思い出せず…)を受けたものの、外からキメて番手を死守し、流れ込みの2着を確保。外競りで競り勝つという「男前」なレースでした。そして決勝は、海老根恵太選手の先行を村上選手が捲ろうとしますが不発気味。最終3角で内に切れ込もうとしましたが、萩原操選手と接触して落車。再乗9着という結果に終わりました。

後日、競輪場で見かけて「残念でしたね」と声を掛けました。すると岡本選手は「そんなことないよ。先行日本一の村上君の番手回らせてもろうて、オレみたいなレベルの選手にとって、こんな幸せなこと無いゎ」と話して下さいました。そして続いてこう一言「村上君に言うたんや。『オレもうちょっと頑張って、もう一回村上君の番手回れるような所まで上がれるように精進するゎ。今回は迷惑かけて悪かったけど、3日間ありがとう』ってな」。

その後、岡本選手が村上選手の番手を回る機会は、残念ながら訪れませんでした。しかしあの時の岡本選手の熱いハートが、55歳まで現役を続ける原動力になったことは間違いないでしょう。

ファンとしては、そんなエピソードを、今後の解説者などの仕事のなかで披露して頂きたいところですよね。

さて、もとぶさんが岡本選手との最後の思い出となった取手に、昨日(11/12)、仕事(3割、残り7割は遊び)で参りました。その時の様子などは、後日「自腹出張日記」として紹介しますので、またよろしければご覧下さい。
Posted by 山本D at 2013年11月13日 13:41
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