2012年09月19日

【山本ディレクターの自腹出張日記】 松山「がんばろう日本 FT」 そして高松へ(そのD)

わたくし山本が、直近に遠征した全国の競輪場を紹介する記事コンテンツ「山本ディレクターの自腹出張日記」。今回は、去る9月9日(日)に最終日が行われた「がんばろう日本 FT in 松山」の松山競輪場、そして翌10日(月)にFU初日が行われた高松競輪場への、1泊2日「自腹出張流れ旅」シリーズの5回目です。

松山へ来たのに、何故か「久留米ラーメン」を食して床についた私。枕が替わると途端に寝られなくなる私ですが、その夜は長旅の疲れもあったのか、ぐっすりと眠ることができました。

翌朝は少し朝寝坊してAM8:30に起床。朝食バイキングに直行したいところですが、朝イチの「坊っちゃん列車」を撮るために、まずはカメラを持って大街道電停前の一番町交差点へ。前夜の内に調べておいたダイヤに合わせて、到着を待ちます。

10分ほど待つと、道後温泉方面からD2型14号車がやって来ました。何枚か撮りましたが、タイミングが合わず、撮り具合はイマイチ。そして数分後、今度はJR松山駅方面からの「坊っちゃん列車」が到着です。

マドンナ列車@

大街道電停に停車中のマドンナ列車

マドンナ列車が発車待ちをしていると、後方から低床型車両2100系がやってきました。さらに松山市駅方面へ50系が通過。新旧車両との競演です。

マドンナ列車と新旧車両の競演

マドンナ列車と2100系2104号車、50系52号車との新旧車両競演

プロ級の「撮り鉄」さんからすれば、大したことが無いのかもしれませんが、ライトな「鉄ちゃん」の私にとっては大興奮のシーンです。そして信号待ちの間に正面へ回り込んで、機関車のご尊顔を撮影です。

マドンナ列車A

マドンナ列車 機関車はD1系1号車

赤信号に変わりつつあるのも忘れて写真を撮りまくり。「撮り鉄」さんが、禁止区域に入ってでも良い写真を撮りたいという気持ちが、ちょっとだけ理解できました。でもルール・撮影マナーは守りましょう。

坊っちゃん列車を見送ってホテルに戻り、朝食バイキングをたらふく頂きました。しかし時間はチェックアウト寸前で、ノンビリする暇もなくホテルを後に。愛車に乗って、松山城ロープウェイ乗り場方面の一方通行を走っていると、かわいらしいボンネットバスが視界に入ってきました。松山城関連施設の指定管理者である伊予鉄道が、松山市の委託を受けて、松山城周辺を循環運行している「マドンナバス」です。

ロープウェイ乗り場前に停車中のマドンナバス

マドンナバス

マドンナバスは運賃無料。萬翠荘や、坂の上の雲ミュージアムなどの観光スポットをループ状に巡ります。今回はパスしましたが、今度松山に来る機会があれば乗ってみたいと思います。

そして松山訪問のもう一つの目的を果たすため、愛車を松山市役所地下駐車場へ入れます。すぐ近くに二番町前売サービスセンター(前売り専門場外車券売り場)があります。

二番町前売SC@

二番町前売SCA

二番町前売りサービスセンター

ここは松山本場と連動して営業されているため、この日は払い戻しも含めてお休みでした。

さて「もう一つの目的」とは、旧松山競輪場(堀之内バンク)が今どうなっているのかを確かめることでした。しかし堀之内バンクに行ったのは、2005年1月の堀之内ラストレースただ1度。記憶がかなりあやふやな中、愛媛県庁脇の進入路から城山公園に入って行ったため、かなりの遠回りになりました。

城山公園(松山城)案内看板

城山公園(松山城)案内看板

旧堀之内バンクは、松山城という史跡の中にあったことで、施設の改修がままならず老朽化が進んでいました。そのため松山市は、同じ敷地にあった松山市営球場、国立がんセンターと併せて移転・撤去することにしました。
遠回りしたため、汗だくになりながら堀之内バンク跡地に到着。現在は一帯が芝生広場となり、市民や観光客の憩いの場所になっていました。

旧堀之内バンク3コーナー付近から城山を望む

旧堀之内バンク3コーナー付近から城山を望む

3コーナー付近から1センター方向を見る形でしょうか。

旧堀之内バンク4コーナー付近から旧競輪場敷地を望む

これは4コーナー付近からで、ほぼ同じ角度。二の丸庭園の石垣に当時の面影がちょっぴり残っていました。

旧競輪場跡地は「やすらぎ広場」、旧市営球場・がんセンター跡地は「ふれあい広場」と名付けられています。皆さん、マナーを守って大切に利用してくださいね。

一帯は芝生広場となっています

愛媛県庁西駐車場前にある看板には、松山城の歴史が詳しく説明されていました。

松山城の説明看板

松山城の説明看板

「当たり前だ」と叱られるかもしれませんが、この看板に限らず、松山城の現代史には「戦後、堀之内に競輪場が設けられ、市民が白熱のレースに声援を送った」という記述がありません。この地を起点に競輪というプロスポーツと地域文化が花開いたことを、歴史の1ページに残しておいてほしいと、ファンの一人として切に感じました。

城下を一通り巡ると、時刻はAM11時過ぎ。愛車とともに松山を出発して、一路、高松へ向かいます!

(そのEへ続く)
posted by wbs at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 自腹出張日記
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