2012年05月06日

【山本ディレクターの自腹出張日記】 名古屋・共同通信社杯(そのB)

わたくし山本が直近に遠征した全国の競輪場を紹介する「山本ディレクターの自腹出張日記」。去る4月30日(振休・月)に「第28回共同通信社杯(GU)」最終日が行われた、名古屋競輪場への「自腹出張」リポート、今日は4回シリーズの第3回です。

場内巡りやイベントを楽しみながら、5R以降は車券モードに完全突入。ところが7Rの中部筋の突き抜けから流したA柴崎淳→C伊藤正樹→D小倉竜二の3連単4300円を2枚取っただけで、ほとんどボウズ(全く当たらない)状態。8RもB井上昌己から買っておきながら、井上後位のH友定祐己を外して抜け目を喰らう大失態。ラスト3箇レースに勝負を懸けます。

9Rは、D村上義弘−E山内拓也の中近ラインが大本命でしたが、村上アタマ流しは抑えにとどめ、@岡田征陽絡みのボックスで勝負しました。

第9R 1センター過ぎの攻防

9R「S級特別優秀」 1センター過ぎの攻防
ジャンでイン切り気味に前に出たF神山拓弥を、最終HSで叩いたA松岡貴久が主導権取りに成功。快調に逃げる


車券の軸@岡田は、最終BKでB柏野智典との捌き合いでインに詰まって大ピンチ。しかし、九州2車と3番手を追走するG渡部哲男のボックスも持っていることから、思わず「そのまま3人で決まってくれ〜!!」と声を上げてしまいました。結局、H大塚健一郎が差しての九州ワンツーは決まったものの、内をすくい、さらに4コーナーで車を外に持ち出して突っ込んだ岡田が、渡部を1/8輪交わして3着確保。3連単H→A→@5660円は2枚押さえていたものの、H→A→Gなら16500円ぐらいを3枚取りだっただけに、当たった嬉しさも半減。

落ち込んでいる暇もなく10Rへ。F吉田敏洋−@山口幸二の中部勢の交わし目@→Fからが人気も、近畿ラインC川村晃司−B村上博幸にも車券の人気が集まりました。ただ近畿ラインを応援する気には何故かなれず、近畿が主導権で吉田が捲りに構えると読み、F→@から3着流しを基本に、吉田アタマで山口が追走に窮して別線が飛び込んでくるという、かなり無理矢理な展開も想定しました。

第10R 2コーナーの攻防

10R「S級特別優秀」 2コーナーの攻防
ジャンからカマシ先行したC川村が快調に飛ばして、後方を一本棒にする


ジャン前でH菊地圭尚が吉田の追い出しを受けてハナに立ったところを、川村が一気にジャンガマシを決め、主導権を奪いました。車間を切った3番手の菊地が、最終3コーナーで捲り追い込むタイミングで、5番手位置の吉田も怒濤の捲り追い込み。結局、ゴール寸前、村上を1/8輪交わした吉田が1着で、村上が2着。中を割ったA神山雄一郎が3着に飛び込んで、3連単F→B→Aは49960円の高配当。

起死回生の大当たり車券

起死回生の大当たりでした

これまでの負けを一気に取り返し、さらにお釣りが出てくる大当たりでした。しかし、そんな大当たりをつかんでいるだろうと喜ぶ前に、衝撃的なシーンが目に飛び込んできました。

山口がゴール後、他の選手ともつれて1コーナー手前で落車し、それを外側に避けようとしたD佐々木則幸選手があろうことか、1コーナーバンク上部の金網に衝突。自転車も吹っ飛び、佐々木選手はバンクに叩き付けられました。それもカント(傾斜)に沿って右半身からではなく、反対側の左半身を下にする形で、頭から叩き付けられたのです。目撃談によりますと、ヘルメットが真っ二つに割れていたそうです。それほどの衝撃を頭に受けたのです。
山口選手はすぐに担送車に乗せられましたが、佐々木選手はピクリとも動かず、まもなく選手管理センターの医師2人がバンク内に走ってやって来ました。しかも小さなオレンジ色のバッグを抱えてです。
「あれ、もしかしてAED(自動体外除細動器)では…」嫌な予感が場内を包み込みます。そうです。2008年9月11日の一宮オールスター・初日7Rで発生した、故・内田慶選手(栃木・87期、享年27歳)の落車死亡事故を思い起こさせるものでした。
頭を打っていることもあって、応急処置もなかなかスムーズにはいかなかったことでしょう。何とも言えない重い雰囲気の中、時間だけが過ぎていきます。事故の起きた1コーナー脇の金網に集まって、応急処置の様子を見守るファンが時間を追うごとに増えていきました。
その内、何人かのファンが佐々木選手を励ます声を上げ始めました。

「佐々木〜!」「佐々木、頑張れ!」「則(ノリ)! ガンバレ!」

内田選手の死亡事故を思い起こしたのか

「ノリ! 死ぬなよ!」という、悲痛な叫びを上げる人もいました。

そして10分ほど後に、佐々木選手を乗せた担送車が動き始めました。頭を打っていることもあってか、いつも以上にゆっくり、ゆっくりと敢闘門へ進んでいきました。レースが終わってから、それほど長い時間は経っていなかったでしょうが、ここまでの時間が30分にも1時間にも感じました。敢闘門の地下通路に担送車が消えるまでの間、それまで以上に数多くの佐々木選手を励ます声が、バンクにこだましました。

担送車で運ばれる佐々木則幸選手担送車で運ばれる佐々木則幸選手担送車で運ばれる佐々木則幸選手

佐々木則幸選手が担送車で運ばれる

的中車券の写真を掲載しておいてカッコ付ける訳ではありませんが、もう車券を取ったことなど、どうでも良くなりました。ただただ、佐々木選手の無事を祈るだけでした。

佐々木選手は出血したのでしょうか、佐々木選手が運ばれてから待避路の部分はすぐに水で洗い流され、何ともいえない雰囲気の中、11R決勝戦の脚見せが行われました。

バンクの清掃をする競技会係員

待避路を洗い流す競技会職員

そして脚見せ終了後、走路部分の清掃や補修作業が、競技会の走路審判員・アルバイトスタッフ総出で行われていました。

バンクの清掃をする競技会係員

走路部分の清掃・補修作業

翌日のスポーツニッポンに「佐々木選手は意識が回復しており『大丈夫です。心配しないで下さい』というコメントをJKA広報を通じて残している」という記事が掲載されているのを見て、少し安心しました。まさに「競輪選手は命を懸けて闘っている」という事実をまざまざと見せつけられた気がしました。

(そのC・最終回へ続く)
posted by wbs at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 自腹出張日記
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