2018年02月19日

【山本ディレクターの自腹出張日記】 四日市「全日本選抜競輪」(GT) 椎木尾、頂点をつかめ!(そのB・最終回)

わたくし山本が、直近に遠征した全国の競輪場を紹介する「山本ディレクターの自腹出張日記」。去る2月12日(振休・月)に四日市競輪場で開催された「第33回全日本選抜競輪」最終日へ「自腹出張」した3回シリーズのリポート。今回が最終回です。

6Rの2万車券を的中した後、10Rで勝負したもののハズレで少々気落ちしてしまった私。しかし残るレースが11・12Rの2つとあって、何とかプラスで終えたいと思いつつ11Rの予想に取りかかります。

11Rは、D脇本雄太が前回り、B三谷竜生が番手で、H南修二が3番手、さらに4番手をE筒井敦史が固めるという近畿・岡山の4人ラインが本線です。対する福島2車はG山崎芳仁が前回りで対敵としては若干見劣りしますし、南関3車はくせ者のC岡村潤が前回りですが、自力という点ではやや劣勢と見ました。

そこで最終レース・決勝の資金稼ぎの意味合いで、本線勝負に出ることにしました。番手が三谷ということで、差し目から勝負して、突き抜け目も押さえることに。さらに4番手・筒井が早目に差し交わしに出た時の3着受けと、近畿突き抜けの2車と捲って来た南関2車のBHCF4車BOXを穴目で抑えることにしました。

11R車券

11R車券


車券発売が締め切られ、レース写真を撮ろうと記者室を出ると、バンクは薄暗くなり始めていました。バンク中央や周辺のナイター照明にも灯が入りました。それでも灯されたのは全体の半分です。

11Rを前に照明に灯が入りました

11Rを前に照明に灯が入りました


レースは、号砲で内枠2車が飛び出し、枠順を活かした@佐藤慎太郎が正攻法に収まり、G山崎芳仁を迎え入れます。序盤の位置取りは、福島2車−南関3車−近畿3車−ライン4番手のE筒井敦史の順。中団3番手のC岡村潤が、D脇本雄太の仕掛けるタイミングを計りつつ、最終1センターから山崎を抑えてハナに立ちます。脇本は山崎に内をすくわれるなどしたため、再度6番手まで車を下げます。

11Rジャン2センターの攻防

11Rジャン2センターの攻防
C岡村がD脇本を併せながらハナに立つと、先行含みにペースアップ。脇本は仕掛けるタイミングを阻まれ、立て直すべく車を下げる



岡村は意を決して、最終HSから全速スパートに出ます。するとHS線過ぎから脇本が一気に捲り返しに行くと、山崎が併せて出ようとするのも構わず、見る見るうちに前団に迫ります。

11R最終2コーナーの攻防

11R最終2コーナーの攻防
C岡村が最終HSから先行勝負に出ると、D脇本が捲り返し。G山崎が併せようとするも、これを乗り越えようとする



脇本の仕掛けを見て、岡村マークのF中村浩士が番手捲りで応戦。しかし脇本のスピードが勝り、脇本が最終3角過ぎで中村を捉えて先頭に躍り出ます。

11R最終2センター過ぎの攻防

11R最終2センター過ぎの攻防
D脇本の捲りを見て、F中村が番手捲りで応戦。しかし脇本が3角過ぎで中村を捉えて、先頭に躍り出る



ゴール寸前、脇本番手のB三谷竜生が詰め寄りましたが、脇本がそのまま押し切って1着。三谷が2着を確保。3着争いは、ライン3番手のH南修二が、南関3番手のA和田健太郎との接戦を制しました。

三谷が脇本に詰め寄りましたが、わずかに届かなさそうだというのは見て取れました。脇本の押し切り目を入れていなかった私には痛恨の大ハズレ。しかも押し切り目は、本命ライン決着とはいえ、意外な好配でした。

脇本の逃げ切りで、本線決着もまずまずの好配当

脇本の逃げ切りで、本線決着もまずまずの好配当


車券がハズれて悔しい思いをしながらも、残るは決勝戦のみとなりました。脚見せが始まると、スタンドから大きな声援が9選手に送られ、いつもの月並みな表現ですが、メインスタンド、3〜4コーナーの第3スタンド、1〜2コーナーの第2スタンドに声援が乱反射して、バンク内をうねっているように聞こえました。

記者室に戻り、12Rの車券を検討します。「エッ、検討します? 椎木尾応援車券だけしか買うたらアカンでしょ?」という声が聞こえてきそうです。


確かにそうですが、他の車券買うたらあきまへんか?


客観的に9車の現状の調子とレース展開を分析すると、「近畿の2段駆け」「新田の一発のスピード」「関東2車の仕掛けとそのタイミング」「新田を含む単騎勢の立ち回りは?」というポイントが浮き彫りになります。それらを総合して、3つの視点から車券をまとめることにしました(うわっ、エラソーに)。

まずは、新田が近畿2段駆けを突破して優勝した場合の車券。2着に村上兄弟と平原、3着にその3車と椎木尾を入れたものを大本線にするとともに、山田・原田が新田の捲りを追走して2〜3着に突っ込んで来るパターンを入れました。

12R「決勝戦」車券その@

12R「決勝戦」車券その@ 新田アタマの本線車券です


その次は、新田が2〜3着に終わった場合、やはり村上兄弟や平原との上位争いになると見て、それらを絡めてのBOX車券です。@DFHの4車BOXを基本にしつつ、村上義後位から差し交わす村上博との@Fを軸に平原との@FDの3車BOX、村上義との@FH3車BOXを買い足しました。

12R「決勝戦」車券そのA

12R「決勝戦」車券そのA 新田2〜3着受けを含んだBOX車券です


そして椎木尾ガンバレ車券です。優勝を期待しつつも、車券という視点で考えればなかなか難しいのも事実。そこで村上義の番手捲りが決まり、椎木尾までのライン3車で上位独占できた場合のHFC3車BOXをまず入れることにしました。これとてC→H⇔Fなら6万とか10万の超ビッグ配当となります。そして「3着でエエから頑張れ」車券として、3連単3着流しも入れることにしました。H⇔F→Cはダブり目になりますが、低配当な分それでヨシとします。

12R「決勝戦」車券そのB 椎木尾ガンバレ車券です

12R「決勝戦」車券そのB 椎木尾ガンバレ車券です


車券も買い終え、あとはレースが始まるのを待つのみ。「椎木尾ガンバレよ…」とこちらも緊張してきました。そして発売が締め切られ、レースシーンを取るべく撮影ポイントに移動します。

ところが、ポケットからカメラを取り出そうとしたところ、四角い固まりの感触がありません。別の四角い感触のモノを取り出すと、それはスマホ。選手入場が近づいて、気持ちは焦る一方。

そうです。記者室にカメラを置き忘れてきたのです(この、大バカ〜!!)。

急いで記者室に戻り、カメラを持って元の位置に戻ろうとしましたが、本来の入り口からスタンドの中に入って行くと、レーススタートに間に合いません。そこで、「ここからスタンド内へは入れません」の張り紙付きの防護ネットをくぐり抜けて(コラ!)、報道用ビブスを付けているのを良いことにガードマンが制止するのも振り切って(アカンやろ、バカタレ〜!)、元の撮影ポイントに戻ることができました(♪う〜わわ、う〜わわ〜、先生にゆ〜ちゃ〜ろ〜♪)。

息絶え絶えに撮影ポイントにたどり着くと、9選手が上体を倒して「構えて」の態勢に。いよいよ発走です。

12R「決勝戦」発走準備完了!

12R「決勝戦」発走準備完了!


号砲とともにG原田研太朗が飛び出して、正攻法に付きます。そして一緒に飛び出した@新田祐大がその後ろに続いて、並びが整理されていきます。序盤の並びは、単騎の原田−単騎の新田−関東2車−単騎のE山田英明−近畿4車の順で、GT決勝6周競走の周回を重ねていきます。

12R「決勝戦」2周目3コーナーの隊列

12R「決勝戦」2周目3コーナーの隊列
誘導員(柴崎淳)の後位から、G原田−@新田−A吉澤−D平原−E山田−B古性−H村上義−F村上博−C椎木尾



レースの動きは早く、青板2角からB古性優作が踏み上げてA吉澤純平を抑え込むと、吉澤は車を下げます。古性が3番手位置に入ると、下げた吉澤の動きを警戒しながらイエローライン付近まで上がり、仕掛けるタイミングを計ります。すると山田が空いたインをすくって前々踏み上げます。

12R「決勝戦」ジャン前2コーナーの攻防

12R「決勝戦」ジャン前2コーナーの攻防
A吉澤を抑えたB古性が、イエローライン付近まで上がって吉澤の仕掛けをけん制。空いたインをE山田がすくって前々踏み上げる



そして古性が2角過ぎのBK進入からスパートを開始。ジャン前で原田を叩いて先行勝負に打って出ます。吉澤も連れて上昇し、下げた原田と5番手で内外並走します。

12R「決勝戦」ジャン過ぎ2センターの攻防

12R「決勝戦」ジャン過ぎ2センターの攻防
B古性が前団を叩いて先頭に躍り出ると、ライン4車が出切る形に。叩かれたG原田と、追い上げたA吉澤が5番手位置で内外並走する



まさに「全力先行」となった古性を先頭に、隊列は最終HSを通過。最終1角手前から中団外並走の吉澤が捲り返しに出ます。これを軽くけん制しながら、古性マークのH村上義弘が番手捲りで対応です。

12R「決勝戦」最終2コーナーの攻防

12R「決勝戦」最終2コーナーの攻防
B古性が飛ばして行く中、最終1角から捲り返しに出たA吉澤が前団に迫る。H村上義がこれを併せながらの番手捲りで応戦



吉澤は、村上義後位のF村上博幸がけん制してやや脚色が鈍ります。これを見て吉澤後位のD平原康多が自力に転じ、外々捲り上げて行きます。さらに平原の仕掛けを目標に新田も後捲りで参戦です。

12R「決勝戦」最終2センターの攻防

12R「決勝戦」最終2センターの攻防
H村上義が番手捲り、その後位F村上博がA吉澤をけん制すると、吉澤マークのD平原も自力にチェンジ。しかし村上博が再度けん制。平原の捲りを目標に、@新田が大外を捲り上げる



平原がけん制を受け外にあおられているのも構わず、新田がイエローラインすぐ外を捲り上げ、ゴール寸前で村上義を捉えてVゴールを駆け抜けました。2着には村上義、山田との接戦を制した村上博が3着を確保しました。

写真を撮りながら、新田の何とも言えない強さ・スピードをまざまざと肌で感じました。並の捲り選手なら2センターの山登りで脚が一杯になるところ、むしろグイグイと力強く登っていく訳です。だから、山おろしがかかれば鬼に金棒のスピードに変わりますし、11秒6の上がりタイム以上の強さを感じました。

新田と村上兄弟との絡みとなって、車券的には大本命となりましたが、番手捲りから伸びると見られた村上博が兄・義弘を交わせなかったことで、ちょっぴり配当が付く結果となりました。

新田優勝でしたが、本線車券にしてはまずまずの配当

新田優勝でしたが、本線車券にしてはまずまずの配当


電光掲示板を取り終えて、今度は椎木尾選手へのレース終了直後のインタビューをするべく、検車場にダッシュです。さっきカメラを取り戻しに行くべく全力疾走していたため、脚が千切れそうに感じましたが、何とか囲み取材の中に入ることができました。

ローラーで軽くクールダウンした直後だったようで、椎木尾選手の表情には少し悔しさも垣間見えました。

悔しさをかみ殺しながら、クールダウンを終える椎木尾選手

悔しさをかみ殺しながら、クールダウンを終える椎木尾選手(ちょっと手ブレしてますが…)


椎木尾選手から「荷物直した後で良いですか?」とお願いされ、「椎木尾君の都合に合わせるよ」とこれをOKしつつ、外にあるハードケース置き場の脇で片付けをじっと見守りました。そして「寒いから検車場の中で」とお願いされ室内に戻ると、スピードチャンネルのクルーや各スポーツ紙の記者がお待ちかねです。そちらの取材を優先して頂いて、やっと椎木尾選手にインタビュー敢行です。

山本「お疲れ様でした。近畿ライン4番手からの位置取りで村上義選手の番手捲りもありましたが、作戦的にはどう行こうかと?」
椎木尾「展開は理想的だったんですけど、直線での伸び勝負に持ち込めなかったのは残念でした」
山本「最終3角で吉澤選手にフタをされる形になって、直線勝負に持ち込めなったんですが」
椎木尾「まぁ連携決めることを大切にしていたんですけど、最後にそこ(直線勝負)に持ち込めなかったのは残念でしたね」
山本「2度目のGT決勝ということで、場慣れはあったかと思いますが?」
椎木尾「まだまだ場数も、それにふさわしい脚も足らないなって感じたんで、これからそこを更にしっかり伸ばして行きたいと思います」
山本「これでまた克服するべき課題も見えて来たかと思います」
椎木尾「まだまだ、いろんな点で足らないなと思うんで、これからウイナーズC・ダービー・高松宮記念杯と大きいのが続くんで、しっかり頑張っていきたいと思います」
山本「和歌山は若手が成長していますんで、椎木尾選手もその中心として引っ張って行ってくれるのを、和歌山のファンは期待しています」
椎木尾「みんなで活躍できるように、これからも頑張っていきたいと思います」


月並みな質問ばかりで、引き出した答えも実質同じような文言が続いて、いつもながら自分のインタビュー技術の無さに呆れてしまいました。しかも、この時はスポーツ紙の記者さんがさらに囲んで来て「代表質問」のような形になったことで、いつも以上に緊張して、想定していた質問が尚更出て来ないという体たらくでした(バカ)。

そして、そんな悔しさを引きずりながら記者室に戻ってニュース原稿を書き上げ、スマホからメールで送信。ニュースデスク・T君の若干の手直しがありながらも、一応夕方のスポーツニュース枠に間に合わせることができました。

その和歌山放送ニュースはこちら


でも、新田流し・BOXで仕込んでいた的中車券は、関係者用払戻し窓口終了に間に合わず、6万円余りの払戻金は、翌日、和歌山競輪場で受け取ることになり、土産代にちょっぴり苦労することになりました(あんだけも車券買うからやろ、バカ)。


今回、椎木尾選手がGT決勝に進出したことで、急きょ取材に出かけることになりましたが、「その@」冒頭で「東口の時(2014年6月 宇都宮・高松宮記念杯)に行っているので」と書きましたが、実はもう一つの理由がありました。

椎木尾が競輪学校を卒業し、同期の中野彰人とデビューする直前の2007年11月、和歌山競輪場で「WBS和歌山放送杯(FT)」が行われました。その最終日に「新人選手紹介」が行われ、和放杯ということもあって私が司会・インタビュアーの大役を仰せつかりました。

そんな大役を受けるにあたって「岸和田でも大阪の複数人がデビューした際に、スプリントや4〜5人競輪をエキシビションでやってるんやから、和歌山でもあの2人にスプリントやらせましょうよ」と提案しました。意外にもスンナリ提案が認められ、セレモニー・インタビュー終了後、2人でスプリントレースをした訳ですが、やはり同期のライバル心が燃え上がり過ぎて、まさに「ガチンコ勝負」となりました。インタビューに続いてレース実況(の真似事)をした私も、バンク内から「事故が無ければいいけど…」と心配するほどの燃え上がり様でした。

2周競走は、最終HSから椎木尾が仕掛けて先行。中野が2角から捲りを仕掛けると、3角で椎木尾を捉えて前に立ちます。椎木尾も何とか再度直線勝負に持ち込もうと、番手に喰らい付いて行き、直線に入って椎木尾が差し交わしに行こうとしたその瞬間、事件は起きました。

なんと椎木尾が中野の後輪にハウス(車輪同士が接触)して、椎木尾が落車したのです。

「中野の先着やな」とタカをくくっていた私にとっては、まさに想定外の事故で、次の言葉が出てきませんでした。椎木尾のケガは大したことはなく、むしろ関係者からは「競輪学校で何教えてもろたんや? 学校へ行き直せ!」とバカにされたほどでした。当時の和歌山支部長・西野卓也氏からも「山本っちゃん、いっこも(全然)気にせんでエエで。椎木尾、鍛え直しや」という心配無用の声を掛けられました。

それでも私は「デビューが遅れるだけでなく、ケガの具合によっては、これで選手生命が絶たれるかもしれない」と心配する一方でした。軽い気持ちで言ったことが、一人の人間の人生をも狂わせてしまったのかもしれないと、責任を痛感するばかり。それからは「椎木尾が無事デビューしてほしい」と祈り続ける毎日でした。

そのアクシデントの直後、11月の終わりにデビュー場所のあっせんが発表。椎木尾のデビュー場所は、正月三が日の四日市ナイターと決まりました。行くべきか、どうしようか迷いましたが、気が付けば私は元日の近鉄特急に乗っていました。

そしてカクテル光線に照らされ、小雪ちらつく四日市バンクの発走台脇で、デビュー戦の椎木尾が登場するのを傘も差さずに待ち続けました。椎木尾からアタマ・ヒモ全通りの2車単車券を持っていたのは言うまでもありません。敢闘門が開き、オレンジの7番車の勝負服に身を包んだ椎木尾が登場した時、デビュー戦を目の当たりにできてホッとしたのか、「ガンバレ」の声援も小声でしか出せませんでした。

レースは覚えている限りですが、ジャンで先行しようとした椎木尾を、大崎和也(青森)が最終HSで叩き返しましたが椎木尾も抵抗。椎木尾は大崎の番手に粘る形となりました。デビュー前の落車の悪夢が脳裏を過ぎり、「大丈夫か椎木尾。ちゃんと走れんのか?」という声も出たほど。しかし椎木尾は番手を取り切り、直線から差しに構えましたが、大崎も踏み直して1/4輪交わせず2着に終わりました。

「椎木尾、交わせたか?」と声を掛けましたが、椎木尾は無反応。2車単@→Fは430円の2番人気。低配当だからと言う訳ではなく、「これは椎木尾がデビューできたことへの祝儀と、オレからのお詫びのしるしや」と自分に言い聞かせ、払戻しを受けずに和歌山へ帰りました。

その時のことを思い出すと、今でも涙が出そうになります。そして時は過ぎ、椎木尾がデビューの地・四日市でGT決勝進出したことに、何とも言えない因縁を感じて赴くことにしたのです。結果こそ5着に終わり頂点をつかむことはできませんでしたが、私にとって、椎木尾が四日市でまさに「心の表彰台」の頂点に立ってくれたことが嬉しかったのです。

しかし、椎木尾の戦いはこれからも続きます。いまや和歌山のエースとして戦う椎木尾が、本当の頂点を極めることを信じて四日市競輪場を後にしました。


(四日市・全日本選抜競輪の項おわり)
posted by wbs at 12:00| Comment(7) | TrackBack(0) | 自腹出張日記
この記事へのコメント
えー話ですね!椎木尾選手とはそんな繋がりでしたか。四日市に観戦は心が勝手に車を走らせたんでしょうね。今年のG1 は全場現地で決勝の和歌山選手応援となりますよ!交通費貯めといて下さいよ。
楽しく3部を拝見しました。
お疲れ様でした。
Posted by 岸和田オヤジ at 2018年02月19日 21:46
岸和田オヤジさんへ

コメントありがとうございます。
ホンマ、気持ちが四日市に向かわせたんでしょうね。行きも帰りも、全く眠気や疲れは感じませんでした。
オヤジさんがおっしゃるように、マジな話、今年全てのGT・GUの決勝に和歌山の選手が乗っていることがあるかもしれません。それくらい今の和歌山勢は、応援のし甲斐がある楽しみな存在ですね。
Posted by 山本D at 2018年02月19日 23:08
まずはレース・車券について。私も11レースはウラ。決勝は近畿車券で勝負。日帰り遠征を決めたのは村上義・古性両選手が優出したから、でもこの頃は誰かが勝ってくれたらの思いでした。新田アタマに2着3着が近畿というと特選と準決勝の目、でも決勝では絶対ムリな車券ですね。
Posted by コタカ at 2018年02月21日 07:14
レースとかとは全く関係ないですがカメラを忘れた辺りのくだり、こちらもプリントアウトして送りつけたくなるものです(←何処へ?)。まぁ今後の活躍に差し支える危険大なので こちらも見送りましょう(;^_^A。
Posted by コタカ at 2018年02月21日 07:52
そしてインタビューのくだり、私らにしたら内容濃いものです。あの山本氏が椎木尾選手に聞いてるぞとばかりに 囲み取材(正確には二人を囲む取材)状態になったのも分かります。
Posted by コタカ at 2018年02月21日 08:17
椎木尾選手とのエピソードには、もう 言葉が見つかりませんでした。ただ 椎木尾選手にとって山本氏が自分を後押ししてくれる頼もしき存在と感じてることは間違いないでしょう。私にとっても今後の活躍が、ますます期待できる存在になりました。
Posted by コタカ at 2018年02月21日 20:04
コタカさんへ

連続のコメントありがとうございます。
11Rの車券は、近畿応援であることを考えても、三谷の差し目勝負で間違いないと思ったんですけどねぇ? 残念でした。
カメラを忘れて取りに行って、また戻って来た際の話は、報道関係者であることを前に出し過ぎて、行儀の悪さが露呈しただけ。率直に反省です。こんなことしてたら、ホンマ出禁になってしまいますね。
インタビューの行について。各スポーツ紙の記者さんは、敗者全員の弁の原稿の締切が迫っていて、誰かの囲みに乗っかりたいというのもあるんで、別に山本でなくてもいいんです。ただ、たまたまあの場は、代表インタビュアーが山本になったような形になっただけです。返すがえすも、下手くそやったとこちらも反省です。
そして、四日市に行った真の理由は、椎木尾選手との間にそのようなエピソードがあって、その頃を振り返りつつ、椎木尾選手が競輪選手として成長した姿を目の当たりしたかったためです。でもさらに成長していってくれるように、更なる声援をお願いします。
Posted by 山本D at 2018年02月21日 23:07
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